江戸硝子
食器、酒器、日常生活用品、花器、置物
江戸硝子とは
1,400度の高温で熔かされたガラスを鉄製の棹(さお)で巻き取り、手作業による伝統的技法で形作られる江戸硝子。 一つ一つを職人の手で作られる硝子は同じものがなく、海外からも高い評価を得ています。
産地:東京都/江戸川区、墨田区、江東区、千葉県/八千代市、九十九里町
総面積49.86k²、23区内では4番目の広さとなる江戸川区。東端には千葉県にも接する江戸川が流れている。現在の江戸川区小松川で将軍の徳川吉宗が「小松菜」と命名したことから小松菜を使った郷土料理がいたるところで使われています。
江戸硝子の歴史
江戸硝子とは、旧江戸地域(現在の東京地方)で江戸時代から続く手作りの技法で作られるガラス製品を指します。 そもそも、日本の硝子製造は弥生時代に発見された最古の工芸品として永い歴史がありました。しかし現在の技法とは異なるその手法は一時中断され、16世紀~17世紀にかけて中国やポルトガル、オランダから改めて製法が伝えられ、日本で本格的に発展したのは、江戸時代に入ってからでした。江戸における硝子の製造は18世紀の初め(明治初め)に東京・品川の官営工業において導入された西洋式硝子製造技術により、鏡、眼鏡、簪、風鈴等を製造したのが始まりとされ、東京を中心に産業として発展したとされています。日本橋通塩町で加賀屋(皆川)久兵衛、浅草では上総屋留三郎が、それぞれ鏡や眼鏡、風鈴等を制作したのがはじまりだとされています。
日常食器類、瓶、そして理化学用硝子などが製造されるようになりました。 欧州の技術の導入により、明治時代(1868~1912)初期に工芸品を近代化し、東京の地場産業として発展しました。 また、明治12年には「東京はり製造人組合」が設立。昭和24年には社団法人東部硝子工業会が設立された。
その後、江戸硝子は平成14年「東京都の伝統工芸品」に指定、2014年(平成26年)に経済産業省によって伝統的工芸品として認定をされました。 製造方法は3つあり、吹き竿で自由に成形する「宙吹き(ちゅうぶき)」、金型に吹き込んで成形する技法である「型吹き」、型で挟みプレスして成形する「押し型」があります。 手作業により一品一品の感触や使い心地が異なり、味わい深い商品になっています。