金沢箔

あぶらとり紙は実は金箔の副産物なんです。

金沢箔とは

金沢は日本の金箔生産量の98%以上を占める産地です。400年以上の歴史を誇る金沢箔は、金閣寺や日光東照宮などの歴史的価値が高い神社仏閣をはじめ、漆器、陶器などさまざまな工芸品に使われています。最近では化粧品や食品にも活用されるようにもなりました。静電気が起こりやすい金箔は乾燥を嫌います。湿度の高い気候と、金箔製造に重要な役割をはたす箔打紙づくりにかかせない良質な水に恵まれた風土。この様な箔打ちにはぴったりの環境もあり、金沢で金箔は発展しました。この箔打ちの際に出来る副産物が「あぶらとり紙」であるということも有名な話です。また、北陸という地で育まれてきた地道な作業を粘り強く続けられる「職人気質」も金沢という地で金箔が発展した要因だといわれています。金沢箔とは、素材となる金属を10000分の1~2ミリほどの厚さにまで打延ばしたものを言い、金箔、銀箔、プラチナ箔、洋箔、アルミ箔の5種類があります。それは約2g(10円玉の約半分)の素材を、畳一枚分の極限にまで延ばした厚さと言われています。極限の薄さまで延ばすには、卓越された職人技と、金箔づくりを左右すると言われる紙仕込み、金箔づくりに適した気候などあらゆる要素が必要とされています。

産地:金沢市

金沢市は本州のほぼ中心に位置し、明治22年(1889年)の市制施行以来、近隣町村との度重なる編入・合併によって市域を拡大し、平成8年(1996年)には中核市に移行しました。清らかな犀川や浅野川の他、わき水も多く、水が豊かな町であり、「用水のまち」としても有名です。 日本海側気候で、「弁当忘れても傘忘れるな」と言われるくらい雨の多い地域です。春や夏は好天の日が多い反面、冬は曇りや雨の日が多く、積雪もあります。雪化粧した兼六園や長町武家屋敷跡などの風情は、金沢ならではのものです。また、高い湿度は伝統工芸である漆塗りや金箔製造、加賀友禅染に適しています。

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金沢箔の歴史

日本で最初の金・銀箔がいつごろ作られたのかは解明されておりませんが、古墳時代にのアクセサリーに金箔が施されているのが発見されています。
また、金は古代から永遠、不変を象徴するとして、寺院建築や仏像彫刻に使われてきました。平安、室町、安土桃山と発展する日本の仏教文化の浸透とともに中国伝来の製箔技術がやがて日本独自のものとして定着し、今日へと発展してきたといえます。金沢箔は、加賀藩 藩祖・前田利家が、文禄2年(1593)に豊臣秀吉の朝鮮の役の陣中より、明の使節団の出迎え役を申し渡され、武者揃えの槍などを飾るため、領地の加賀、能登で金箔、銀箔の製造を命じる書を寄せているのが始まりとされています。
加賀藩の時代、江戸や京都以外で箔を作ることは禁止されていましたが、加賀藩では、藩の工芸振興のためにかくれて金箔の生産を行っていたともいわれています。他の地域の箔産業は衰退しましたが、金沢の箔産業は現在まで400年以上引き継がれています。
第1次世界大戦中、ドイツが金箔を供給することができなくなったときに、金沢が金箔を輸出したことにより、金沢箔が世界的に有名になりました。それまで手作業だった箔打ちが機械化されるようになりました。第2次世界大戦で金属が自由に使えなくなったため、業界は一時衰退しましたが、戦争後には再びさかんになってきました。