大堀相馬焼

Obori Soma-Yaki

茶器、花器、酒器

大堀相馬焼

左側を向き、走る馬。大堀相馬焼の特徴とも言える馬の絵。相馬中村藩の特産品として生まれた大堀相馬焼。「右に出るものがない」と称される走り馬は、「縁起が良いもの」の象徴としてお祝いなどの贈答品として親しまれてきました。 「青ひび」といわれる青磁釉によるひび割が、器全体に拡がって地模様になっていることや、「二重焼き」も大堀相馬焼を代表する特徴です。


産地

福島県双葉郡浪江町

日本の福島県浜通り北部に位置する町。双葉郡に属します。 面積 223.10k㎡ 人口 21,542人。請戸川、高瀬川という二つの河が存在し、豊かな水源と7割近くある山林が特徴。

特産品としては大堀相馬焼や浪江のご当地グルメでもあり、B1グランプリでも優勝した浪江焼きそばが有名。自然が豊かで、冬もめったに雪が降らず、温暖な気候に恵まれています。 二本松市・浪江町・葛尾村・田村市・川俣町に囲まれた自然豊かな日山(天王山)が有名で、登山者から「富士山の見えた最北遠の山」として注目を浴びました。 2017年3月東日本大震災により、多くの住民が移動・避難しました。2017年3月31日に全域避難指示は解除されましたが、2017年8月現在も「帰還困難地域」が町内の大半を占め、東日本大震災当時の人口は、約21,500人でしたが、現在の住民登録数は約18,000人となっています。 しかし、2017年3月末、浪江町の避難指示が一部解除。常磐線の開通や仮設商店街のオープンなど、町が再び息を吹き返しはじめています。

伝統産業 大堀相馬焼
関連リンク大堀相馬焼協同組合浪江町なみえまるみえ福島県観光情報サイト

歴史

大堀相馬焼は福島県双葉郡浪江町、大堀地域に伝わる焼き物を指します。 1978年、国の伝統的工芸品に指定されました。江戸時代初期(1690年)に相馬藩士である、左馬という人物によって創始されたとされる、300年の伝統を誇る陶器です。

当時その地方を治めていた相馬中村藩が、「瀬戸物師、他領江不可出事」を布令し、大堀相馬焼を藩の特産物にしようと焼き物作りを保護、育成したため、江戸時代末期には100余りの窯元を有する、東北で一番大きな産地となりました。 相馬中村藩は祭礼である相馬野馬追い(そうまのまおい)の伝統を有しており、藩主である相馬氏の家紋から繋ぎ駒や走り駒が陶器の特徴に反映され、縁起物として親しまれてきました。 その後。益子焼・笠間焼をはじめとする産地のルーツともなるなど、その存在は他県にも影響を与えました。

しかし、明治時代になると、廃藩に伴い藩の援助がなくなったことや、他の仕事に変わる生産者も相次ぎ、窯元数は少なくなりました。そういった時代の変化に対応するため、窯元が知恵を絞り、「青ひび」「二重焼」という大堀相馬焼の特徴を生み出していくことに繋がりました。

2011年3月東日本大震災により、福島第一原子力発電所事故の影響により、産地では釉薬に使用する石の採石が出来なくなるなどの危機に見舞われました。この危機に対して同じ発色をする釉薬を開発し生産を再開。現在では8軒の窯元が焼き物を作り続けています。 これらの窯元は300年の伝統を守りながら、21世紀に向けて新しい製品を作り出す努力をしています。


大堀相馬焼 松永窯 二重湯呑み(2.8寸)

大堀相馬焼 松永窯 二重湯呑み(2.8寸)>

¥ 3,780(税込)

300年の歴史を誇る大堀相馬焼。 福島県浪江町大堀を中心に生産され、 伝統的工芸品として指定をされています。 お茶が冷めにくく手に持っても熱くない「二重焼」 模様のように見える特徴的な「青ひび」 そして左を向いた「走り駒」 左を向いた馬は「右に出るものがいない」という意味を持ち 縁起物として古くから親しまれてきました。 そんな縁起の良い相馬焼は父の日の方や目上の方に贈るものとして最適です!


大堀相馬焼 松永窯 木箱入り 夫婦二重湯呑み

大堀相馬焼 松永窯 木箱入り 夫婦二重湯呑み

¥ 5,400(税込)

福島県浪江町大堀を中心に生産され、 伝統的工芸品として指定をされています。

お茶が冷めにくく手に持っても熱くない「二重焼」 模様のように見える特徴的な「青ひび」 そして左を向いた「走り駒」

左を向いた馬は「右に出るものがいない」という意味を持ち 縁起物として古くから親しまれてきました。

東北大震災を機に、窯元は現在8つとなりました。 大切な方との時間に、より安らぎを与えてくれるような湯呑みです。


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