コラム
記念品でお祝い事を彩る
2021.04.28
日本には数多くの伝統的な「祝い事」があります。
皆さんも1度は、お祝いをされたことや、お祝いをしたことがあると思います。
今回は、その「祝い事」についてご紹介していきます。
そして、お祝い事を通して、記念品をご検討頂く参考にして頂ければ幸いです。
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人の一生のお祝いは生まれる前から始まっています。
帯祝い(着帯祝い)
お母さんの胎内に命が宿り、妊娠も安定する5カ月目の戌(いぬ)の日に行われるのが「帯祝い」。安産を願って腹帯を巻くお祝いです。戌の日に着けるのは、犬が多産でお産が軽いことにあやかるようにとの願いが込められているから、5ヵ月目の戌の日に行います。
帯祝いに使う帯を「岩田帯」と呼びます。母体の冷えを防ぐこともでき、かつ、母親としての自覚を促す意味も込められていたようです。
お七夜
赤ちゃんが生まれてから7日目に命名し、誕生を祝うことです。
半紙などに命名した名前と生年月日を書き、神棚や床の間の柱に貼って、赤ちゃんの前途の幸せを祝います。
元々は、平安貴族の間で子どもが生まれた日を(初夜)、3日目を(三夜)、5日目を(五夜)、7日目を(七夜)、9日目を(九夜)といって、奇数日に出産を祝う「産立ち(うぶだち)の祝い」という行事がありました。それが江戸時代になって「七夜」だけが残り、その行事が庶民の間にも広まったようです。
昔は、新生児が7日目を迎えることなく亡くなってしまうことも多かったので、7日目のお七夜は赤ちゃんの無事な成長を確認する大切な節目でした。
初宮参り(お宮参り)
赤ちゃんが生まれてから30日目から33日目(男の子は31・32日目、女の子は32・33日目)までの間に氏神(うじがみ)様に参詣し、赤ちゃんを授かったことへのお礼と、子供の無事な成長をお祈りします。
30日から33日目とされているのは、この頃になって産婦の「産の忌」が明けるためで、それまでは氏神との対面が許されていないからとされています。かつては「出産は汚れたもの」として、産婦は忌み明けまではさまざまな行動を制限されていた時代がありました。そういった背景や、産後でお母さんの体の負担が大きい時期であることから夫の母であるお姑さんが赤ちゃんを抱いて初宮参りを行っていました。
お食い初め
生まれてから100日目、または110日目か120日目に祝う儀式です。子供が生涯食べ物に困らないことを願い、赤ちゃんに初めて大人並みの本膳をそろえて、食事のまねごとをさせるお祝いの儀式です。
初節句
子どもが生まれて節句を迎えるときに、家族でお祝い善を囲んで、赤ちゃんの成長を祝い、今後の健康を祈る行事です。女の子は桃の節句(3月3日)、男の子は端午の節句(5月5日)にお祝いします。
3月3日は桃の季節であり、桃には邪気を払う力があるといわれていたことから「桃の節句」とも呼ばれています。
端午というのは、もとは月の端(はじめ)の午(うま)の日という意味で、5月に限ったものではありませんでした。
しかし、午(ご)と五(ご)の音が同じなので、毎月5日を指すようになり、やがて5月5日のことになったとも伝えられます。
七五三
11月15日に行われるお祝い行事です。
数え年で、男の子は5歳(地方によっては3歳も)、女の子は3歳と7歳に、晴れ着を着て神社・氏神に参拝して、その年まで無事成長したことを感謝し、これから将来の幸福と長寿をお祈りする行事です。
日本では古くから「子どもは7歳まで神の子」といわれてきました。人としての魂が定着するといわれるその年頃まで、神様が特別に見守ってくださると考えたのです。
七五三の始まりは、平安時代において、3歳の男女がおこなう、それまで剃っていた髪を伸ばし始める「髪置きの儀(かみおきのぎ)」、そして5~7歳になると初めて袴を身につける「袴着の儀(はかまぎのぎ)」あるいは「着袴の儀(ちゃっこのぎ)」という儀式です。
鎌倉時代には、着物を着る際に紐ではなく帯を結ぶようになることをお祝いする「帯解の儀(おびときのぎ)」という儀式が執り行われていました。
江戸時代になると、髪置きの儀が男女における3歳のお祝いとなり、袴着の儀が男の子のみの風習として制定されました。
帯解の儀は、江戸時代末期から男の子は5歳、女の子は7歳になるとおこなうように変わりました。
このような室町時代からおこなわれていた儀式が江戸時代になると、武家や裕福な商人たちの間でおこなわれるようになり、明治時代にはこれらの3つの儀式をまとめて「七五三」と呼ぶようになりました。
七・五・三はいずれも陽数で、縁起の良い数字とされています。
成人式
満20歳になると、社会的にも法律上でも一人前の大人として認められます。
全国の自治体主催で、満20歳の男女を招き、成人の新しい門出を祝います。
戦前は、労働的な試験などがあり合格することで成人と認められていました。
元々は男子が12~16歳頃に初めて冠をかぶり髪形や衣服を改める元服の儀式「加冠の儀(かかんのぎ)」からきています。女性は、長い髪を初めて結い上げる「髪上げの儀」などが大人になった証しとして重要な儀式とされていました。
厄落とし
ある特定の年齢は厄難が多い歳として身を慎む習慣があります。
厄落としとは、厄年の厄を払う、落とすために行われる行事を指します。もともとは、普段から身につけているものや大切にしているものを故意に落とすことを意味していましたが、現在では厄払いの行事として用いられることがほとんどです。
厄年とは、例年よりも慎ましく過ごそうとする年を指します。厄という言葉には、災いや不幸といった意味があり、それを避けるために普段よりおとなしく過ごそうとする考え方です。
一般に、数え年で男性が、25歳、42歳、61歳が厄年と言われています。女性は、19歳、33歳、37歳と言われており、前後の一年を前厄、後厄と言います。
特に、男性の42歳、女性の33歳は大厄と言われています。
長寿
長寿の祝いは、60歳の還暦を始まりに70歳の古希、77歳の喜寿など、節目でお祝いをする長寿祝い。それぞれお祝いをするのには意味があり、お祝いにはテーマカラーもあります。
還暦 61歳(満60歳)
生まれた年の干支に還ることから、「還暦」と呼ばれるようになりました。
赤いちゃんちゃんこの風習があり、赤色が長寿祝いの色とされています。}
赤いちゃんちゃんこを贈ったり、着たりするのには、大きく2つの理由があります。
1つは、還暦は60年で生まれた干支に還るため、赤ちゃんにもどるという意味があります。
2つ目は、男の厄年が還暦の年にもあたる事から、昔からから赤い物は 縁起が良く、魔除けなどの効果があるとされていたため、魔除けや厄除けとしての意味があります。
古希 70歳
中国の唐の詩人である杜甫の詩の一節「人生七十古来稀なり」に由来しています。
現代では還暦よりも本格的な長寿の祝いと考えられているようです。紫が長寿祝いの色とされています。
喜寿 77歳
「喜」という字の草書体が七を3つ重ねた形になり、七十七と読めることに由来しています。紫が長寿祝いの色とされています。
傘寿 80歳
「傘」の略字が八と十を重ねた形になり、八十と読めることに由来しています。黄(金茶)が長寿祝いの色とされています。
米寿 88歳
「米」の字をくずすと八十八と読めることに由来しています。黄(金茶)が長寿祝いの色とされています
卒寿 90歳
「卒」の略字である「卆」が九十と読めることに由来しています。白が長寿祝いの色とされています
白寿 99歳
百から一を引くと「白」となることに由来しています。白が長寿祝いの色とされています。
紀寿または百寿 100歳
100年が一世紀ということから紀寿、また100歳であることから百寿と呼ばれています。白が長寿祝いの色とされています。
おわりに
今回は「祝い事」の一部をご紹介させていただきました。
人生の様々な節目でのお祝いは、みんなで喜び、幸せを願いたいものです。
大きな節目には、大切な人への贈り物は欠かすことができませんよね。
これいい和では、お祝い事にぴったりの贈り物や周年記念品をご用意しております。
どんな時に周年記念品を検討すればよいのか?
どんなものを贈ればよいのか?
大切な人の祝い事や、企業の節目に参考になればと思います。
ご検討の際は、是非、コンシェルジュにお任せください。
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