コラム

熨斗についてのお話

2021.05.12

本日は、熨斗(のし)についてのお話です。

皆さんも、百貨店のお会計時に「熨斗掛けはいかがしましょうか?」と聞かれて「えっ!?そういえば」と思った経験はありませんか?

何かお誕生日や記念日のお祝いにせっかくだから贈り物を、と思った矢先に、こういう時のマナー知らないぞ、という方に向けて、今回は熨斗についてのお話です。

もくじ

  • 熨斗の起源
  • 熨斗の由来
  • 表書きの書き方

熨斗の起源

贈答包みの発祥と、のし紙の起源と変遷

贈答の起源とは、日本古来の宗教である神道において、神前に供えた奉納品を包んだのが発祥で、神饌物(神様の食べ物)としてお供えの農作物や魚介類を束ねるために、和紙で包み掛けた上から数本の白い紙縒りを束ねたもので丸結び(今でいう結切り)にする形で奉納されていたことに由来します。

実は神道から始まっていたのですね!やはり2,000年以上歴史の続く国と言われる日本の文化の一つであるのしの文化は日本人として外したくないところです。

現在の「のし紙」の様式の元になったのは、鎌倉~室町時代の頃(約1,000年前!)に、定められた宮中の儀式における礼法(各儀式の作法や奉納贈答様式)に起源があり、その礼法に定められた金品の包み方作法の一つである「反物包み」などが原形となっています。当時の「反物包み」は、白い和紙で掛け包み、水引の色は慶弔ともに同じ白い水引(一色)を用い、結び方も慶弔ともに同じ丸結び(今でいう結切り)と定められていました。

祝い用と弔い用の区別は、掛け包む紙には弔い包みは「白和紙のみ」を用い、祝い包みは「白和紙の下に赤染め和紙(白紙より天地がやや大きいサイズのもの)を合わせた二枚合わせ」とし、結びは丸結びにした水引の端を「祝い結び」は上に跳ね上げ、「弔い結び」は下へ垂らす形に定められ、祝いものに限り熨斗鮑を「熨斗包み」にして、結んだ水引に差し挟む形で添えられていました。

江戸時代にもなると、武家社会にも慶弔の儀式が執り入れられるようになり、礼法も武家様式が編さんされて新しい贈答習慣が芽生えてくるとともに、慶弔の用途分けは「結ぶ水引の色」により区別するように変化します。

明治時代以降に庶民の間にも執り入れられるようになると簡素化が進み、「熨斗鮑」も疑似化された「折り熨斗(現在の金封に付いている熨斗)」へと変化し、大正時代に入ると、印刷の発展とともに更に簡素化されて、現在のような一枚の紙に水引や熨斗がデザイン化され、印刷されたものに変化していきました。

熨斗の由来


金封についている熨斗や、のし紙やのし袋に印刷されている熨斗の原形は、白い和紙の上に赤く染めた和紙を重ね合わせ、束ねた伸し鮑を包んで水引で止め結んだもので、祝賀の贈答の際に贈り物に添えて用いられていたものが、後に疑似簡素化したものです。先ほど出てきた鮑(アワビ)とはここからきているのですね!
「熨斗」という呼称の由来は、伸し鮑の製法が鮑を伸して作られたことからくる「伸した鮑」が、「熨斗鮑」に転じたものが省略されて「熨斗」となったという言い伝えと、儀礼作法の包み方の一つに伸し鮑の包み方を「熨斗折り」と称したものが「熨斗」に省略されたという二つの言い伝えがあります。
伸し鮑の製法は、貝の鮑をかつら剥きに長く切り伸ばし、生干しにして木槌で叩き伸ばして、藁筵(わらむしろ)の上で天日にさらして乾燥干しにして仕上げたものです。四方を海に囲まれた日本では、昔から海の幸に恵まれ、特に鮑は重要な食物で古来より神事のお供え物として用いられてきました。伸して干した鮑は、栄養価が高く長持ちすることから中世には武家の出陣や帰陣の祝儀に用いられ、戦場の貴重な保存食ともなりました。江戸時代には長生き長持ちの印と重宝がられ、祝事や慶事の儀式に高価な贈答品として用いられるようになり、時代の移り変わりと共に前述の和紙に包んだ「熨斗」を贈答品に添える風習が根付きました。
「金封」の疑似熨斗は「折り熨斗」と言われるもので、明治以降に一般庶民の間にも贈答習慣が広まる中で疑似簡素化されたものであり、印刷の発展とともに「のし紙(又はのし袋)」が発明されてデザイン化した熨斗が生れたのは大正時代の末期になります。

※鮑は元々なま物なので、贈答品がお祝い用であっても、なま物(肉や魚貝類=貝類・鮮魚・精肉・鰹節など)が重なることを嫌って「熨斗」を付けません。また、元々お目出度い贈答品に用いられていたことから、弔事全般、病気見舞い、災害見舞いなどには、熨斗は付けないことになっています。

表書きの書き方

続いては表書きの書き方です。いざのし掛けお願いします!と言ったところで、何と記入しますか?と聞かれた際に戸惑ったことのある人はきっと数知れず。私もそんな一人でした。

表書きは、正式には毛筆で楷書書きにします。祝い用は濃い墨で、弔い用には「悲しみの涙で墨も薄くなる」と、弔慰・哀悼を込めて薄墨を用いるのが正式な書き方ですが、現在は弔い用も濃い墨を用いることが多くなってきています。(時代の流れというやつですかね。)

  • のし紙・のし袋・金封ともに、名前書きはフルネームで献辞(上書き)よりやや小さめに書き入れます。
  • 金封の中袋は封入金額を表面に、住所及び名前を裏面に書き入れます。

※漢数字の書き方 ・・・後から棒を書き足され数字が違わないよう、漢数字で書くとされています。

壱萬圓(1万円)、弐萬圓(2万円)、参萬圓(3万円)、伍萬圓(5万円)、壱拾萬圓(10万円)

のし紙・のし袋・金封の表書き例

▼のし紙の表書き(例)

▼のし袋の表書き(例)

▼金封の表書き(例)

※金封の表書きについて

中袋表面に金額を、中袋裏面に名前・住所を記入します。
旧漢字を用いるのが正式ですが、略式(一、二、三)を使い、最後の「也」も省略してもかまいません。

熨斗のデザインと位置

のし紙やのし袋の熨斗のデザインが、慶弔用品メーカーによって異なっています。大きく分けて東日本と西日本によって異なっており、東日本の熨斗は濃紺色に黄色の松竹梅を簡素化して配したデザインで、江戸の粋(いき)の流れを汲んだものであるのに比べ、西日本の熨斗は松竹梅と鶴亀をモチーフに多色刷になっているのが特徴で、京の華ぎ(はなやぎ)の流れを汲んだデザインとなっています。
また、熨斗の配置箇所も東西で異なっており、東日本は熨斗が水引に掛かっているのに比べ、西日本の場合は水引から離れた位置に熨斗がデザインされています。東日本のそれが、左右に結ばれた水引に挟み込む形で添えられていた本来の熨斗の取り付け位置に近いデザインであるのは、古来よりのしきたりを出来るだけ踏襲したいとの考えからであり、西日本のそれは新しい慶弔文化を作り育てようとする考えから発祥しています。

まとめ

のし紙の選び方贈答目的に合ったのし紙を選ぶ際には、目的に叶った様式(デザイン)を選ぶことは当然のことながら、贈答品の大きさに適したサイズのものを選ぶことも重要なポイントになります。
のし紙の掛け方(慶弔別)贈答品に「のし紙」を掛けるということは広く周知されていますが、贈答目的によってのし紙の掛け方が異なっていて、「お祝いごとには慶事掛け」「お悔やみごとには弔事掛け」に区別して用いるようになっている。
のし紙と包装紙の関係(内のし・外のし)「のし紙」と「包装紙」の関係において、先に包装紙で包んだ上からのし紙を掛ける「外のし」と、先にのし紙を掛けた上から包装紙で包む「内のし」との2方式があります。
のし紙のサイズ名の由来日本古来から伝わる和サイズの本中判・半紙判・みの判・中杉判・大杉判などがありますが、それぞれのサイズの呼び名になった由来を紹介。
のし紙の水引の色による使い分け用途に応じた、のし紙を使い分けるために水引の色を知っておく必要があります。

いかがでしたでしょうか?

これであなたも祝い事マスターへ一歩近付いたも同然!

人をお祝いする回数が多い方が、きっと良い循環に恵まれますよ。

こののしについての知識を使うことが多くなるように、多くの人といい人間関係を築けるようにしていきましょう!!

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